決断力に欠ける人々が、いかにまじめに協議しようとも、そこから出てくる結論は、常に曖昧で、それ故常に役立たないものである。

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【本日の名言・格言・心に響く言葉】

決断力に欠ける人々が、いかにまじめに協議しようとも、
そこから出てくる結論は、常に曖昧で、
それ故常に役立たないものである。

- ニッコロ・マキャヴェッリ -

(イタリアのルネサンス期の政治思想家、政治思想家、「君主論」の著者、フィレンツェ共和国の外交官。)

 

 

そもそも決断力に欠ける人とはどんな人なのか。
またなんでもスピーディーに決断できる人とはどんな人なのか。
その違いとは何なのか。

 

それは、やはり信念であったり、目的であったり、価値観であったり。
そういったものを明確に持っているか持っていないかの違いなのです。

 

優柔不断という言葉があり、
それは、そういう性格であるかのように言われていますが、
優柔不断とは、決して性格ではありません。

 

優柔不断と言われる人は、信念や目的、自分の本当の価値観など、
そういう物を持ち合わせていないから、
最終的にたどり着きたい場所が分かっていない。
手に入れたいものをわかっていない。
何を大切にしながら動けばよいのか分からない。
何をやって良くて、何をやってはいけないのかが分からないのです。

 

つまり、一貫性が無い。
だから、判断を下せず、曖昧な答えしか出ないのです。

 

本人たちは決していい加減に協議をしているわけではなく、
本当に真剣に協議しているのです。

 

会社のために、あるいは国のために、または家庭のために、町のためになど、
本当に真剣に良くしようと思って協議しているのです。

 

しかし、目的地を知らずして、明確な答えは絶対に出せないのです。

 

本当に自分の信念を持っていたり、価値観が明確な人は、
それにそって行動します。
自分自身に明確な中心を持っているのです。

 

だからこそ一貫性があり、全くぶれずに、スピーディーに決断が出来るのです。

 

何が大切なのか、何が不要なのか、最終目的地はどこなのか、
普段から明確だからこそ、全くぶれないのです。

 

会社単位でも同じです。

 

会社の経営理念という物が曖昧だと、
当然、協議の結果、たどり着いた結論も曖昧で、
そもそも協議の内容自体も曖昧かもしれません。

 

自分自身の大切な価値観や、目的地が分かっていない、
あるいは経営理念が曖昧な会社とは、

 

「我々は、美しく、高い山の頂点に立とうではないか!」

 

と言っているようなものです。

 

目標としては良い目標に聞こえますが、
では、美しい山とは何か。
高い山とはどんな山なのか。
ここを明確にする必要があります。

 

これでは、その山がどこにあるのかが分からないのですから、
現在地から右に出発していいのか左に出発していいのかさえ分からないのです。

 

ここを明確にし、目標としている山とは何なのかを知る必要があります。

 

これが、

 

「我々は富士山の頂点に立とうではないか!」

 

であれば、決して優柔不断に陥ることなく目的地の方向へ進めるはずです。

 

つまり、決断力の違いとは、
どれだけ明確な目的を持っているかどうかの違いなのです。

 

美しく、高い山という目標では、その山のふもとにすらたどり着けないのです。
富士山という明確な目的地があるから迷わずにたどり着けるのです。

 

ましてや、曖昧なまま、なんとか山のふもとにたどり着き、
ようやく頂上までたどり着いて、

 

「思っていた山と違った。」

 

と言っても、もう手遅れになってしまうのです。

 

しかし、実際に頂上まで登ってやっぱり違った、と言っている人がどれだけ多いでしょうか。
自分自身に問いかけてみても、人生で一度や二度あるかもしれません。

 

そうならないためにも、目的を持って始めることは非常に大切なのです。

 

また、誰でも一人や二人ぐらい、
普段から言ってることがころころ変わる人が知人にいるでしょう。

 

これも同じことで、明確な目的が無いから、
その日のよって思考が違い、出てくる言葉が違うのです。

 

優柔不断とは、決して性格ではありません。

 

そして目的を明確にせずに何かを始めることがどれだけ効率の悪いことか。

 

このブログでも何度も言っていることですが、
一番大切なことは、この明確な目標を持つこと。

 

これがどれだけ明確で鮮明かによって、
普段の決断や動きが大きく変わるのです。

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