平凡な教師は言って聞かせる。よい教師は説明する。優秀な教師はやってみせる。しかし最高の教師は子どもの心に火をつける。

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【本日の名言・格言・心に響く言葉】

平凡な教師は言って聞かせる。
よい教師は説明する。
優秀な教師はやってみせる。
しかし最高の教師は子どもの心に火をつける。

- ウィリアム・アーサー・ワード -

(ウィリアム・ウォード。アメリカ合衆国の教育者、牧師、著述家。)

 

 

ここで言われている最初の3種類の教師、
平凡な教師、よい教師、優秀な教師と
最後の最高の教師には雲泥の差が出ます。

 

それは子どもがやらされているか、
自発的にやるかの違いです。

 

当然、自分からやる気を持ってやろうとする気持ちほど強いものはありません。

 

動機の違いです。

 

やらなければいけないからやる、
やりたいからやる、
この違いは大きいです。

 

人は自分がやりたいと思うことには全力をつくして、うまく行動できますが、
やりたくないことは、全力をつくしていたとしてもなかなかうまくいきません。

 

それはまるで磁石のS極とN極のように、
やりたいこととやるべきことが一致していれば、
普通に進む力よりも強力な力で進むことが出来ますが、
もしやりたいこととやるべきことが一致していなければ、
強力な力で引き戻されるものです。

 

では、人の心に火をつけることが出来る人とそうでない人の違いは何か。

 

それは、教える側の人間が、教えられる側の人間をどのように見ているかです。

 

ここで言うと、教師が子どもをどのように見ているか、ということです。

 

一人の人として、信頼し、尊敬し、敬意を払って見ているのか、
それとも単純に教師と教え子として見ているのかの違いです。

 

人の心に火をつける人間は、常に教えられる側のことを考え、考慮し、
なんとかうまく出来るように、そして絶対にうまく出来るようになると信じ、
その人に対し、一切の見返りを求めない、無条件の愛を注ぎこめる人です。

 

そして心に火をつけることのできない人とは、
教えてあげなければならない、と考える人です。

 

教師、生徒の関係性を考え、
教えなければならない、教える義務があると考える人です。

 

そういう人は、自分の立場上のことを考えていたり、
出来るようにすることで、今後の業務などのやりやすさを考えていたり、
教えることでのなんらかの見返りを期待していたりする人です。

 

場合によっては、教えなければいけないことは分かっているが、
なぜ教えているか分かっていない、という人もいるかもしれません。

 

つまり、教えなければいけないと思っている指導者が指導すると、
やらなければいけないと思って行動する教え子が出来るわけです。

面白いものです。

 

そう考えると、結局テクニックなんてものは、二の次なのだと感じます。

 

何を教えるか、どう教えるかよりも、
誰が教えるかで大きく変わると言いますが、
その違いは教える側の考え方、人への接し方、
つまり人格の違いなのです。

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